阿波の方言に“天水”という言葉がある。
『少しおめでたくて、調子がよく、一つのことに熱中しやすい人を形容して使われる』
何があっても、逞しく、楽天的に過ごす。目の前のことに熱中して、とことん極める。
情けがあって、やさしいそれが 阿波の“天水”と呼ばれる人です。
終戦直後の21年、進駐軍によって阿波踊りの復活が許されたとき、
初代連長の小川岩吉連長が「戦争で負けた世の中を建て直すために
“天水”になって踊りまくらんか」と、木工職人や塩田で働く浜っ子などに
呼びかけて作ったのが始まりである。
翌22年に行われた踊りコンクールで一等賞を獲得、審査委員席に座っていた
進駐軍のお偉方に「阿波ダンス、ワンダフル」を連発させた。
特別賞に30人分の純綿のゆかた地の特配チケットをプレゼントしてもらったが、
その生地で連の名前入りゆかたを作ったところ大評判になり、
これが戦後の県下踊り連の『そろい衣装』の元祖となります。
水の流れのように心地よい笛の調べや、自在に変化する鉦や太鼓の響き、
そして粋な三味の音に包まれ男たちは、時には身軽に宙を跳び、ダイナミックに踊ります。
女たちは、水辺に遊ぶ天女のように、品やかに舞います。
天から降り注ぐ水のごとく、踊りは、天水たちの体を通り、心を潤し、
命のほとばしりとなります。まさに、生きる喜びを全身で表現します。
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初代連長 小川岩吉 |
2代目連長 山田忠雄 |
3代目連長 村島忠夫 |
現連長 山田 実 |
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